763名無しさん@おーぷん2019/02/24(日)08:29:55ID:LFf.aq.ze
>>761
>もちろん理屈はわかっているし自分が悪かったこと、自分のためを思って言ってくれていたことも理解しています
>地獄に落ちてほしいと思っていた体育会系教師も生徒の人気者です
親とも良い関係を続けていますが、あの頃叱られた恨みは忘れていないし許していません

感情的に叱るという意味がよく分からないんだけど
他の人も言っている通り怒ると?るは別物
そして、?る際の方法論の一つとして「怒り」「恐れ」でもって子どもにストッパーをかけるってのがあるってだけ
要は秋田のなまはげだよ「悪りぃご(悪い子)はいねがぁ~(いないか)」って家に押し入って怖い感じのパフォーマンスして結果子どもは泣いたりしてるけど
実際そのなまはげ(本当は神様らしい)は家の厄祓いしてくれる存在で悪いものじゃない
もちろん相手によっては慎重にしなきゃいけないと思うよ?パフォーマンスにもがある
なまはげだって幼少のトラウマになるかもしれないもんね、テレビで見ると子ども大泣きしてるところもあるし

要は、あなたの性格ではその方法論だと合わなかったって事じゃないかと
それならしょーがないのよ、合わなかったのだし親御さんも工夫すべき所はあったかもしれない
でも親御さんだって聖人君子ではないから、子どもに理不尽な事されたら相手が子どもとはいえそりゃイラッとくるし
親だからって子どもに理不尽な態度やイタズラされていいわけではない
「叱った奴らが死ぬほど嫌い」なら、どういう態度で嫌いなのか自分の思い出や感情を冷静に考えて
自分の成長にとって「?られる」という経験は何だったのか
これからの子育てで「?る」という行為が必要な場合自分はどうしたらいいのか考えてみたらどうだろう




764名無しさん@おーぷん2019/02/24(日)09:55:44ID:SH2.td.ys
>>761
>>763
沢山のアドバイスありがとうございます
「感情的に叱る」という言葉は検索すれば沢山出てくる言葉ので日本語としておかしいことはないと思うのですが、
自分の中のニュアンスで「怒る」「叱る」「優しく諭す」という3つの段階に勝手に区別してしまっていました
仰りたい意味わかります。感情に任せることと、相手のことを考えたパフォーマンスは違うと
その違いは自分の中で理解できてると思います
しかし、だからといってその方法には納得がいっていないというか、理屈はわかり自分のためであった事もわかりますが必要ではなかったと感じています
いや、必要であったとしても許せないのだと思います

お二方の言い分は、私からすると
「ホラーにも名作はある、きちんと作品のクオリティや脚本の細やかさに目を向ければ、怖がらせる演出の必然性も見えてくるはず」
「ただ怯えせたいだけのパニックホラーと作品として意味のある恐怖シーンは区別して考えないといけない」という事を言われてるような感覚です
高所恐怖症の人間が高いところに登って怖い、というなら、ただ危険な場所と安全が確保された高さをごっちゃにしてはいけない、その安西性を認識すれば怖くないはず
そういう区別をされてるような気持ちなのです
本能的なもので、その違いを認識しても怖いものは怖い、許せないものは許せない
幼稚といえば幼稚なのかもしれませんが、高所やホラーに似た絶対的な恐怖心が湧いてくるので、それを感情的に受容することは難しいです
病的と称したのは、怒る事も叱る事も全て恐ろしく、それをしてきた人間がどんな理由であれ絶対的に許せないからです
安全性を認識しても高いところは怖い、作品の中の必然性を認識してもホラーは怖い、みたくない、そういうものと同じ恐怖心なんです
社会的に我慢して耐えることはこれまでもしてきました
しかしそうではなく、できれば恐怖心をなくして受け入れる事をしたくて相談いたしました
私の中で「その行動の意味、意義を正しく認識する」は恐怖心を取り払う方法にはならないので、申し訳ありません
高いところやホラーを克服したいなら沢山経験して慣れ鈍らせるしかないと思うのですが
上述の通りさまざまな場面で幼少の頃から耐えてきても全く慣れませんでした




766名無しさん@おーぷん2019/02/24(日)11:13:02ID:xxJ.td.pz
>>764
だから、あなたの状態は「恐怖症」でも「絶対的」でも「病的」でもないよ。
高所恐怖症が例に出てるけど、単に高い場所が苦手なのと恐怖症は全然別物。恐怖症は身体が竦んで一歩も動けないとかそういうレベル。
あなたは叱られるとパニック症状が出るとか、衝動的に他害に至るとか、相手の目を一切見られなくなるとか、具体的な支障がある訳じゃないんでしょ?
相手が大嫌いでも吐きそうでもそれを隠して普通に振る舞えるレベルなんでしょ。
それは病的とは言わないよ。好き嫌いをアレルギーだ!って喚いてるようなもん。
「叱られ耐性」という言葉があるけど、叱られ嫌いの人が何度も叱られて改善することは確かにないと思う。
自分が叱られるのはおかしい!許せない!っていう認知の枠組みの歪みを正さないといくら叱られても同じだよね。
そのためにはまず自分の状態を変に特別視しないで、これは絶対的なものじゃない、未熟であり甘えであり成長によって変わるものだと自覚することから始めないと。




7727632019/02/24(日)12:11:43ID:LFf.aq.ze
>>764
あー、伝わってなかったか。ごめん違う違う、頭の中で冷静に切り分けてとは言ったけど
心の中で叱られた事を納得しろとまでは言ってないよ
なまはげ(の中の人)だって子どもに悪意があるわけじゃないけど、結果的になまはげがトラウマの子も中にはいるかもしれない
その子が大人になってなまはげがどういう行事が重々承知してても、なまはげの中身がご近所の優しい気さくな爺ちゃんって知ってるとしても
トラウマが消えるわけではないし、消せないよね

>必要であったとしても許せない
だから正直、耐性を付けるのは無理だと思う。きっと100%有責で叱られても「怖いし許せない」ってなると思う
何故なら757はここでやり取りしてても、生真面目にこちらの考えに対して「反論」という形で長文で返してきてる
実は叱られたり責められたり反論される事に対して対抗しようとする気質が強いと感じる
人間含めて動物って恐怖を感じた時に、自身を守る為に相手に攻撃することが少なからずあって
757の場合は攻撃というか恨みの感情となってそれに支配されちゃうんだろうな
なんというか、「臥薪嘗胆」を地で行くタイプだよね

それは別に悪い事じゃない、でもそういう人に「耐性を付けて受け入れろ」って言っても性質的に無理
だとしたら、やる事は面倒でも「自分が叱られた時」に恨み辛みの感情をきちんと整理して
自分の頭の中を 仕方がないけど怖い許せない→怖い許せないけど仕方がない くらいのレベルに持ってくのが関の山だと思うよ

ただ、個人的に問題だと思うのは叱られた相手に対して「怖い許せない嫌だ(そこまで自分悪くない)」だけに支配されてる様に感じられること
そうじゃなくて、叱った人の状況や更に感情までをじっくり客観的に思い巡らした上での「怖い許せない嫌だ→でも自分が悪かった」ができれば前進だよなぁと思う
普通叱られてそこまでじっくり考える人なんてほんの一握りだけど
757はここに書く程度には自身を問題視してるんだから、試してみても無駄にはならないと思う




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1001オススメ記事@\(^o^)/2019/09/17 15:01:00 ID:syurabattle