2名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:05:11.35ID:VLVsfqmU0.net
2年前のことだけど、今後同じ経験をする人がいるかもしれないので書いておきたい




3名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:05:32.90ID:7L9JU1ZP0.net
ならロダにまとめてあげて




5名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:06:55.46ID:s8S6PYXy0.net
>>3
すまん。めったにこないので「ロダにまとめてあげる」というのがもひとつよく分からない




8名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:08:54.76ID:s8S6PYXy0.net
2012年に入ってすぐくらいから奇妙なことが起きだした。

すれ違った人の顔が一瞬母親の顔に見える。

あれ?っと思った瞬間には、別人だと気がつく。

たとえば年齢や背格好が似てる人ならまだしも、年齢も性別も背格好もバラバラの人なのに、ほんの一瞬だけ顔が母親の顔に見える。

そんなことがほぼ毎日のように1日に4~5回あった。

さすがに何かあったんじゃないかと思って何度か電話をしたが、母親の様子はいつもと変わりがない。元気そう。

気のせいで済ましていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~

3月、母親から電話があり、春くらいに従兄弟たちやみんなで集まってバーベキューをするという。

あんた1人だけ行かないわけにいかないから、絶対に来いと。

そういう集まりにあまり行こうとしない俺の性格を見越して、絶対に参加することを強く約束させられた。

そして4月に入ってからバーベキューの日が5月6日に決まったという知らせがあった。


4月24日の朝、妹から母親が入院したとのメールがあった。

このときは「念のために検査」という目的で、午後には本人からも電話があり、「たぶんお母さんはバーベキューには行けないけど、あんたは絶対に行きなさい」とのことだった。

5月6日、バーベキュー。妹は母親の看病のため参加しなかった。

20年以上ぶりに会う従兄弟たちはもう充分にオッサンオバサンになっていて、俺以外には1人を除いてはみんな結婚している。

4~5歳の子供がいるやつもいる。

それを羨ましそうに見ている父親を見ていると胸が痛んだ。

従兄弟たちにも「にいちゃん、早く結婚しておばちゃん安心させたって」と散々言われ、少々鬱陶しく感じながらも、小さな子供たちを羨ましそうに見ていた父親や入院中の母親のことを思うと、返す言葉もなかった。

バーベキューは思ったよりも楽しく、叔母や従兄弟や血のつながったやつらと会うのも悪くないと思い、お互い連絡先を交換した。




9名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:10:23.81ID:s8S6PYXy0.net
あ、ちなみに俺は40才で古い言い方をすると典型的な独身貴族だ




10名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:10:59.53ID:s8S6PYXy0.net
翌日妹からメールがあった。以下メールのコピー



さっき、お腹にチューブ通して腹水抜いた

お父さんには、今晩話すけど

お母さん、肝硬変がだいぶ進んでて

見た目以上に危ない

多分これ以上の治療は、意味がないから

もう少し様子をみて退院するけど

在宅で往診してもらいながら、ゆっくり何もせずに過ごした方が良いらしい

その前に腹水が、まだまだたまるようなら

たまった水にも栄養があるから

血管に腹水を通す手術するかも…

癌みたいに命の期限はないけど

「家族はそれなりの心構えが必要」

ちょっと調子が良い時に、温泉に連れていってあげるとか

残りの時間を大切にしてあげて下さいって言われた




このメールを読むまで腹水が溜まっていることも知らなかった。

てゆーか腹水ってなに?

検査のための入院じゃなかったの??

それなりの心構えってなに???

そもそも肝硬変ってなに??




11名も無き被検体774号+@\(^o^)/2014/09/14(日)00:12:00.22ID:s8S6PYXy0.net
実は20年ほど前から母親は「原発性胆汁性肝硬変」と診断されていた。

たしかにそうだった。思い出した。

当時俺は外で悪さばかりしてて、母親が病気になったと聞いても気にも留めなかった。

それから20年、毎月検査をしていたが、これまでは目に見えるような変化もなく元気だった。

それが今年の2月くらいから急激に悪くなったらしい。

目の前が真っ暗になった。

どうしよう?どうしよう?しか頭になかった。

つい昨日、そろそろ親孝行しないとなーなんて考えてたところだったのに。

いまさら後悔しても始まらない。

残りの時間とやらがいつまであるかは分からないけど、できるだけ親孝行しようと心に決めた。

そして、できる限り病院へお見舞いに行くようにした。


1週間後の5月14日の夜、妹から電話があった。

駅からだろうか、電話の向こうでホームのアナウンスと雑踏が聞こえた。

妹は泣いていた。

その泣き声を聞いた瞬間、血の気が引いた。

母親の余命は3ヶ月だった。

今年に入ってから頻繁に見てた母親の幻覚の理由はこれだったか。

虫の知らせってやつだったか。

妹が病院で告げられたらしい。

今は普通に話せるし、トイレも1人で行けるけど、近いうちにそれもできなくなり、腹水も黄疸も今以上に酷くなり、熱が出て、脳性肝症になれば意識が混濁しこん睡状態になり、そのまま死んでいくという。

電話を受けた俺は妙に落ち着いていて「そうか、わかった。明日病院に行く」とだけ伝えた。

落ち着いて話しができたのは、電話の向こうで妹が泣いていたからだと思う。

妹はこの数週間、1人で母親の面倒を見ていた。

余命宣告を受けても誰にも言うつもりはなかったらしい。そのことを看護師に言うと「本人やお父さんにはともかく、お兄さんには絶対に伝えないとダメ!」と強く言われたらしい。




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1001オススメ記事@\(^o^)/2019/09/19 22:01:00 ID:syurabattle