199名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)15:34:31ID:???
娘が昨日結婚した。

肩の荷が下りたと言いますか、怒涛の25年間だった。
部屋がちょっと広く感じてオッサン寂しくなったりしました。




201名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)15:53:37ID:???
>>199
妹の婚約者の母に妹とは縁を切れみたいな事を言われた人かな?

なんにせよ、おめでとう!




202名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)15:54:12ID:???
>>199
おっさん、おつかれ&おめでとう
チラ裏だし、ポツポツ語るのも良いよ




203名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)15:57:32ID:???
>>199
オッサン2chってのは初めてなんだ。
この間同僚にオッサンの人生語ってみたらと勧められた。

ルールが今一つ判らないからちょこちょこ失敗するかもしれないけど許しておくれ。




217名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)18:59:17ID:???
>>199
素敵なお話をありがとう
199も娘さんご夫妻も上司同僚の方もみんな幸せでありますように

今度は199の番だね
私が嫁に行こうか?




204名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)16:34:03ID:???
書き込むなら、
名前欄に199って入れてな
メモなんかに一度書き込んで
自分で推敲してからここに貼り付けてくれると
スムーズに行くと思う

名前欄の199は他の書き込みの時は消してね




2051992015/11/22(日)16:53:58ID:???
この様な感じで宜しいでしょうか?
長すぎると読むのが大変でしょうから、適度にまとめてきます

アドバイス有難う御座います。




206名無しさん@おーぷん2015/11/22(日)16:57:12ID:???
>>205
OK!待ってるよ




2091992015/11/22(日)18:48:20ID:???
最初に娘と書いたが戸籍上は姪に当たります、しかし25年間娘で通したから娘でいきます。


25年前、当時の私は24歳で社会人2年目。慣れない仕事にヒーコラしながら働いていました。
私には3つ上の姉が居るのですが、姉が家を出てから連絡を取らなくなっていましてね。
私が会社の独身寮に入っていた事もあって、その時の姉の状況は知らなかったが姉に子供が出来ていて、これが後の私の娘となります。

姉は結婚せず父親が誰か判らないまま娘を産んで1年育てた、しかし新しい恋人でも出来たのか理由は解らないが娘の事が邪魔になったらしく
実家に行って両親に娘を丸投げして行方が分からなくなった。
両親から私に連絡が来て、私は姉に娘が出来ていたこと、姉が娘を両親に投げて行方知れずになった事をここで初めて知りました。
この時父は既に定年間近で母も病気の後遺症で娘の面倒を見るには辛い。
このまま施設に入れる事も検討していると言われていたが、私は娘の顔を見た時に思わず引き取ると両親に言いました。
天の啓示の様なものがあったのかも知れない、両親は私の将来を案じていたが私も頑固だったのですね。
絶対に私が育てると引かなかったのです。




2101992015/11/22(日)18:48:57ID:???
私は娘を育てる為に、まず戸籍やら会社の届け出やら処理して実家に戻りそこから通勤しようと考えました。
その為、事情を全て課長に相談したのですけれども課長がとても男前でしてね。
この問題を部長・社長まで持って行って特例という形で社宅への入居を取り付けてくれました。
社宅には課長も住んでいるから日常面で助けられると思ったと言われましたよ、本当に頭が上がりません。
引っ越しや届け出を片付けるのに5日間の有休を取らせて貰って社宅に引っ越したのだけれども、部屋が課長宅の隣でまた驚いた。
課長宅に挨拶に行ったとき、奥様にまだ1歳の娘を未婚の男が育てるなんて中々大変だろうからと、他の家の奥様方にも連絡して私たちの生活を手助けして頂きました。
こうして様々な人に支えられて私と娘の生活が始まりました。




2111992015/11/22(日)18:49:37ID:???
そこから先は楽しい事も辛い事もありました。
夜間に娘が高熱を出したときは課長に車に乗せられて救急病院まで行ったりもしました。
幼稚園に入るころには仕事のペースを掴める様になり定時で上がらせて頂き幼稚園へお迎え、夕食後に一緒にお風呂に入って寝かしつけてから家事をこなして残った仕事を少しでも片付けてました。
でも全然辛くないんですよね、娘の為なら頑張れるって父親の心境でした。
この頃には同僚も何人かは結婚して社宅に入っていまして、仕事面で助けて頂き本当に感謝しました。
休みの日なんかは一緒に買い物に行き、服を買いましたが子供服って結構いい値段するのですよね、非常に驚きました。
課長ご家族にも娘さんが2人いまして、娘の遊び相手をして頂きました。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と言ってよく後ろについていったのを覚えています。

この頃、娘に一度だけ聞かれましたね、「何故私にお母さんはいないの?」と。
遂に来たかと思いながらも誤魔化しましたね、ママは小さい時にお空に帰ったのだと。
実際には私は付き合った女性が居なくて、結婚すらしていませんでしたから。
娘に嘘を付かなければならないのが辛かったです。
それでも月日が経ち、小学校に入学した時は赤いランドセルを背負った娘をみて号泣しましたね。
この頃には課長奥様に料理のイロハを完全に叩き込まれましたから、食事に関しては助けがなくても大丈夫になりました。
娘が小学校6年生の時に課長が部長へと昇進し、私の指導員に当たる方が課長になりました。
この時部長宅でお祝いをしたのですが、娘と一緒に手作りのケーキを作って送ったところ部長が大泣きして大変でしたね。




1001オススメ記事@\(^o^)/2017/06/16 16:02:00 ID:syurabattle