697名無しさん@おーぷん2014/10/20(月)02:26:06ID:jEtjPZM0v
例のニュースを見て思う所があったので。
だらだら書きます、毒親案件です。母親の首を力いっぱい絞めた話です。

両親は物心ついた頃から不仲で、父が「デブ、ブタ」と罵って母を泣かせてたのをよく覚えてます。
どうも妊娠を機に劇太りした母に愛想が尽きたらしく。
母も女ですから、見栄えを罵られるのは辛かったのでしょう。よく泣いてました。

当時は気付いてなかったのですが、そのストレスのはけ口は私と私の兄に向けられていました。
遊ぼうと外に出ると血相を変えて母が現れ、人目がある場所で尻を丸出しで叩かれたり。
他の子が食べるお菓子や、玩具付きのラムネ菓子が欲しくてじっと見てると頬をぶたれたり。
しかし最後は決まって泣きながら私を抱きしめ、「あんたのことを思ってやっている」と言われました。
それをそのままに信じました。

兄は母に進められ、剣道を嗜んでいました。
腕もよかったので他のママ友から褒められたり、同い年の子らの中でも中心的な存在でした。
そのせいか、マイペースで活動的な「トラブルメーカー」の私を遠ざけようとしてました。
父は仕事とパチンコで滅多に家におらず、母は父に罵られ私を叩いて家出して家におらず。
兄もまた両親と私から逃げたかったのか友人と外でよく遊び(兄は窘められませんでした)家におらず。

部屋から出ると母にぶたれると学んでいたので、保育園がない時はひとり薄暗い部屋でずっとテレビを見るのが日常でした。
これが小学校転入前位。




698名無しさん@おーぷん2014/10/20(月)02:33:26ID:jEtjPZM0v
保育園卒園と同時に、新築の家に移り住むことになりました。
「今の部屋だと、子供部屋が足りないから」と。
最近になって気付いたのですが、引越しにも関わらず挨拶に向かうご近所さんが異様に少なかったように思います。
恐らくですが、母は叫んだり泣いたりが激しかったので、ママ友間でも孤立してたのではないかと。
事実、引越し先は保育園から随分遠い所でしたから。
私は見知った子が一人もいない土地で、入学式を向かえることになりました。これがまずかった。

その小学校はすぐ近くに大きな幼稚園があるので、8~9割が「繰り上がり」だったのです。
入学式にも関わらず、あちらもこちらも既にお友達がいる状態。
どうしていいか分からず、一人ぽつんとしていると大変かわいらしい子が声をかけてくれました。
Aとします。

Aは、今日の帰り途中まで一緒に帰ろうと誘ってくれました。
孤立感から挙動不審になっていたので、まさに芥川が蜘蛛の糸の如くという感じで快諾。
しかし、帰りになって突然「ごめん、Aね、ほかの子と一緒に帰る!ほかの子の方が楽しいから!」と。
どうしようもなく悲しくて、怒って手を上げてしまいました。
これもいけなかった。




699名無しさん@おーぷん2014/10/20(月)02:40:09ID:jEtjPZM0v
私の母とAのお母様が慌てかけつけたので母に事のいきさつを話そうとした矢先、思い切りグーで殴られました。
「なんてことをしたの!」と。
Aの口からは、突然叩かれたこと、何も悪いことしてないこと、今初めて話したこと…と、
事実無根の証言が語られました。
当然「違う!」と言おうとしたのですが「口答えをするな!」とまた叩かれ、どうしようもなく。
「すみません、この子、頭がおかしいんです」と頭を下げる母にただ愕然としました。

次の日からは、ひどいいじめが待っていました。これは5年近く続きました。
Aはいい所のお嬢さんだったらしく、ご両親は教員とも繋がりがあったそうです。後に知りましたが。
当然「頭のおかしい」「突然人を殴る」私に教員がいい顔をするはずもなく。
授業で手を上げれば叱られ、当てられ答えればイヤミを言われ、給食も食べさせてもらえない始末でした。
ずっと廊下に立たされ、運ばれては教室に入っていく当番を泣きながらじっと見つめるだけでした。
結局初めて給食に口をつけたのは、小学二年の頃でした。

大人になった今では分かるのですが、当然教員に嫌われ廊下で毎回蹲る私をクラスメート全員が快く思いませんでした。
「汚い」「触るとキモいのが移る」「あいつはおかしい」と。
上靴がなくなってたり、下校中男子数人に後ろから何度も何度も突き飛ばされたり。
大声でいやみを言われたり、近くを通ると「ゲッ、○○だ!」と突き飛ばされて走って逃げられたり。




700名無しさん@おーぷん2014/10/20(月)02:45:02ID:jEtjPZM0v
正直、納得がいきませんでした。
Aのこともそうですし、至って真面目に授業を受けているにも関わらず給食ひとつ食べさせてもらえないことが辛くて。
けれど両親は上靴を買いなおしたり、ご近所さんからの評判が悪いことの方が辛かったようです。
ぼろぼろになって帰ってくると、「なんで普通に過ごせないの」と泣いて叩かれました。

兄も転校を機に剣道をやめたのですが、そのせいで激太り。
更に名前がいじりやすいものだったせいで、一転していじめられっ子になりました。
家では「お前のせいだ」と兄に殴られることもしょっちゅうでした。

皆がおかしい、何も悪いことはしていない、おかしい。という気持ちと同時に、
Aがクラスの中心的存在だったこと、教員や母は当時自分の中で絶対の正しさであったこと。
なにより、私自身が本当におかしいのではないか…という不安感から、やがて「周りがおかしい」ではなく、
「私の頭がおかしい」と思うようになりました。
そこからただただいい子になるように頑張って、なんとかクラスの輪になじめるまでになりました。
とはいっても、クラスの女子から「キモいの頂戴!」と手を差し出され、そこに手を置いて、
その触れた手を掲げて男子に「キモいのが移るぞー!」と追い掛け回す遊びに参加できるようになった、という程度でしたが。




1001オススメ記事@\(^o^)/2017/10/10 19:01:00 ID:syurabattle