出典:あぼーん


563名無しさん@おーぷん2017/03/10(金)19:28:32ID:yzU
身ばれしてもいいのでフェイクなしですが、初めての投稿で読みにくかったらごめんなさい。
気持ちの整理しながらだらだら長文で失礼します。
またタヒ産した話もあるので嫌な方はスルーしてください。

私:30代前半(関西在住)
旦那:40代前半(私より9歳上)
義弟:30代後半(旦那より4歳下)
義弟嫁:30代前半(私より1歳上)
義両親:60代(二人ともパートで現在も働いてます)
義叔母:60代(義父の妹で未婚)
私母:50代(現役ナース)
私父:私が子供頃に他界

現在結婚してもうすぐ丸6年です。
結婚する前に私と旦那はお互い結婚を意識していたので義実家から自転車で10分の距離で同棲をしていました。
当時義弟は実家(市営住宅)暮らしでした。
ある年、義父が仕事中病気で倒れ入院。
しばらく仕事ができない、出来るようになっても今までみたいに働けない、年齢的(当時還暦前)にも再就職が不可能だから収入が減る、義弟がいるから家賃が高いから払えない、来年義弟が結婚式を挙げるから頼れないから
と旦那に生活が落ち着くまでに10万援助してほしいと依頼がありました。




564名無しさん@おーぷん2017/03/10(金)19:29:48ID:yzU
式は挙げないつもりでも結婚を翌年にしようと考えていただけに色々もやもやしましたが、生活が落ち着くまでならと了承しました。
あとから知ったのですが当時義弟は家に2万しか入れていないと聞きました。
それから1年後の秋に義弟が結婚し、実家から籍が抜けたので家賃が下がったので援助はしなくてよくなりました。
私たちはその年の春に予定より早めに入籍し、同棲していた部屋でそのまま新婚生活を過ごしました。
義弟夫婦も自転車で10分の距離でした。
結婚してから義両親と義叔母(義両親と同じ市営住宅住み)のお付き合いが濃くなり、週5~6は義両親と義叔母と晩御飯を一緒にしていました。
外食に連れて行ってもらうことも多く、
義父とはお酒の趣向(私義父は焼酎派、旦那義弟義叔母はビール派、義母義弟嫁は飲めない)が合うので飲み友達ができたと喜んでいて、
たまにお酒のあてを作って持って行って一緒に飲んだり、
義母や義叔母に作って持っていくおかずを美味しい、作り方を教えてほしい等言ってもらえたりと特に苦ではありませんでした。
義弟夫婦は新婚だからかあまり参加せず、月に数回義弟が参加する時は大抵義弟嫁が実家(車で30分)に帰っているときでした。
私は人見知りなりに冠婚葬祭での旦那親族とのお付き合いを頑張っていましたが、義弟嫁は仕事を理由に参加するのは半々でした。




565名無しさん@おーぷん2017/03/10(金)19:31:52ID:yzU
結婚して2年目の秋に妊娠がわかりました。
両家に報告し、年末に安定期に入るのでそれまで仕事をセーブしつつ
義実家とは変わらず仲良く付き合っていました。
当時私実家は電車30分+新幹線2時間の距離の田舎で母は救急病院で働いていて
夜中に緊急手術に呼び出されることが多々あり、母以外頼れる人がいないので里帰りは考えていませんでした。
年明けすぐ、明け方におなかに波のある酷い痛み(今思うと陣痛だったかも)で目が覚めトイレに行くと出血あり
診療時間に病院に行くと切迫流産になっているといわれそのまま入院になりましたが、その2日後の夜中に破水してしまいました。
当直医に22週を過ぎていたら助かったかもしれないがまだ19週ということで羊水を足しても難しいこと
産まれても障害があり両親ともに負担が大きくなることを
夜中に仕事終えたばかりの疲れた旦那と説明を受けながら、ゆっくり考えてあげることもできないままタヒ産の選択をしました。
翌朝母に報告すると新幹線で病院まで飛んできてくれました。
普通の出産と同じように陣痛がきて24時間陣痛の波と何故かその時38℃を超える発熱と苦しみながら
陣痛が逸れて朝食を取ってから尿意を感じたのでポータブルトイレに座った瞬間
また陣痛がはじまり数秒で子がトイレに出てしまい、産声が上がることなくトイレに我が子がゴトンと落ちた音が聞こえただけ
それが初めての出産でした。
トイレのため旦那は退室、母はカーテン越しに待機していました。
ナースコールをして慌てて先生たちがきてそのまま処置をしてもらい、手のひらサイズの我が子と対面しました。
退院まで母子で過ごしました。退院までに義弟夫婦が義母と一緒に見舞いにきてタヒ産した我が子もみています。




566名無しさん@おーぷん2017/03/10(金)19:32:58ID:yzU
退院後しばらく義実家で過ごしました。
フラッシュバックも酷く1日泣いていることもありましたが、義両親の前では極力泣かないように過ごしていました。
まだ義実家にいたある日、義弟夫婦が役所でもらったばかりの書類と母子手帳を持って妊娠報告をしにきました。
気丈に振舞ってその日は何とか過ごしましたが一晩中泣いていた記憶があります。
自宅に帰っても今まで通りに義両親とお付き合いをしていましたが
なかなか妊娠しない焦りと会うたび大きくなる義弟嫁のお腹を見るのがつらかったですが誰にも言えずもやもやし
そのまま夏の終わりに出産報告を受けた日に久しぶりに泣いてしまいました。
義実家に行くたび初孫に当たる義弟子の話ばかりでとても苦痛になり、義弟子がかわいいとは思えず寧ろ憎い対象に変化していました。
旦那に正直な気持ちを伝え、お祝いは兄弟間では無にしてもらい、それから義実家に行く回数を減らし、代わりに義弟家族が義実家に出入りする回数が増えました。
気が付けば今まで頑張って義両親との付き合いをしてきたのに
付き合いの浅かった義弟嫁が初孫を出産したことによって私のポジションを奪われてしまいました。




1001オススメ記事@\(^o^)/2017/10/12 12:02:00 ID:syurabattle