226◆8B8X/67LrWes2014/06/20(金)22:15:08ID:3rxPDZKWG
自分の人生が結構な修羅場。
長いです。

幼児期の私は所謂放置子だった。
三歳で近所の公園に一人で遊びに行ってた記憶がある。
小学生になり、一時友達は出来たが段々と虐められるようになる。
小さい頃には虐められる原因が解らなかった。
大人になって幼少期の自分を振り返ると、距離感が掴めてないKY児童だったと判明した。
虐めに暴力は無かったが地味に精神を削られ続け、立派なコミュ障に成り下がる。
そんなもんで仕事もルーティンワークな仕事にしか着けず、中卒で就職し底辺な暮らしをしていた。
成人した翌月、母親から保険証持って着いてこいと凄まれる。
借金の申し込みと解った私は「毎月給料の半額家に入れてるのに何でそんなお金ないん?いくら親子でもお金の事に関しては譲れない。」と頑なに断る。
結果「親が困ってる時に助けない子供は要らん」と家から追い出される。
半月は仕事を通じて巡り会った数少ない友達のお宅にお世話になりながら住み込みの仕事を探す。
地域を選ばず何処でも飛べる派遣社員になった。
居住が西日本から東日本に移った。
居候させてくれた友達には暫く働いてお金を貯めたのちに改めてお礼と言う名目で回ってないお寿司屋さんでご馳走をした。

派遣になってからは無我夢中に働いた。
コミュ障があるので自分を表現するのは下手だったが、幸いな事に仕事仲間には恵まれていた。
そこで知り合った同僚から、趣味のゲームに誘われた。
所謂オンラインゲームと言う奴。
あまりゲームに触れた事がなかった私でも、同僚のリードがあり溶け込んでいけた。
自分を反映させたそのキャラクターには支援系の職業をやらせてスキル回しやらを必死に覚えた。
ゲームの世界で、誰かから必要とされる気持ちを貰ってPC前で一人で泣く事もあった。
そんな世界で知り合った人達と飲み会をする機会があった。
自分が参加して良いのか解らなかったから黙っていたけど「貴女も参加するよね?ってかおいでよ!」と言われて嬉しくて参加表明した。
そこで色んな年代の人達とワイワイ楽しく飲みながら、少しずつ自分らしさを見つけて行った。

ある日、その世界の一人の男性から告白をされた。
飲み会であった時から気になっていたと言われた。
告白されるのも始めてで返事に困っていると「急がなくていいよ。」と言われ、暫く返事を保留にしていた。

少しずつ距離を狭めていって、正式にお付き合い開始。




228名無しさん@おーぷん2014/06/20(金)22:27:00ID:IRkheCHht
実親に対して悪いけど毒親だったんだね
想像出来ないくらい辛かった事もあるんだろうな
特に幼少期は・・・自分に置き換えて考えるだけで駄目だわ
働き出してから良い人達に出会えたんだね
これからは今までの分取り返して余りある・・・さらにもっと!幸せを掴んで下さい!
慌てずゆっくりw




229◆8B8X/67LrWes2014/06/20(金)22:47:35ID:3rxPDZKWG
お付き合いの始めに、自分の生い立ちや親の事も全て話した。
彼は何も言わずに抱き締めてくれて「じゃあこれからは幸せにならないとね」と子供をあやすように背中をポンポンと叩いてくれた。
彼の前では自分はこんなにも感情や表情が表現出来るものだったのかと驚かされる位に素の自分が出せるようになって行った。
お付き合いを始めて二年、正式にプロポーズをされて彼のご両親に挨拶に行った。
彼のご両親はとても暖かい方達で、そこでも自分の全てを話した。
「息子ばかりで娘が欲しかった。うちの娘になりにおいで」
と笑顔で歓迎して頂き、ご両親の前で号泣してしまった。
結婚する事を自分の親にも知らせるか躊躇っていた時、祖母から母が入院した事を知らされる。
急遽帰郷して母の病室に行くと、母の意識は既に無く横たわっているだけだった。
祖母に結婚の旨を伝えると「そうかそうか、あんたは幸せになりなさいね。この子(母)の不始末をあんたが背負う必要はない。きちんと守ってやれんで済まなかったね。この子の最期は私が見届けるから、あんたは帰りなさい。」と言われた。
私が帰郷した翌日、母は息を引き取った。
晩年の母は私に冷たく当たった事や追い出した事を後悔して過ごしていたと叔父から聞いた。
葬儀には形式的には参加したのだけど、涙は出て来なかった。
参列者の中には泣かない事について言う人もいたけれど、無表情で謝るしか出来なかった。

母の死去から一年後、私と彼は結婚した。
彼のご両親とは上手くコミュニケーションが取れ、本当に娘になれた気がしていた。
結婚から一年半、私が妊娠した。
彼や彼のご両親はとても喜んでくれたのだけど、私は不安だった。
親から放置されて育った私が子育て出来るのか。
その思いを正直に話した。
彼や彼のご両親は「至らない所があってもいいじゃない。誰だって始めて親になる時は不安なものよ」と慰めてくれた。
私の不安をよそに、お腹の子供は順調に育って行った。
臨月を迎え、子供の産声を聞いた時、彼の声に似てるなぁ…と何となく思った。
落ち着いて、子供に授乳させる時、子供が私の指を握ってくれた時に涙が溢れた。
「この子には、私の子供時代のような思いはさせたくない。目一杯愛情を注いであげたい。」そう言う気持ちの涙だった。
改めて彼のご両親がお見舞いに来てくれた時に「こんな可愛い孫を産んでくれてありがとう」と言われた。




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