759おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:05:07.45ID:1PhyYJq6.net
初めて投稿させて頂きます。
わからないことも多く不手際があるかと思います。
とても長くなってしまいましたが、よろしくお願いします。

今から12~13年前のことです。

当時、私はアスリートでした。
競技は伏せます。
お話とはあまり関係ありませんが、競技は3歳の頃に始めたと聞いています。
8年目にはスポンサーが付き、10年目でオリンピック強化選手枠に入りました。
私は競技をしていることが大好きでした。
朝から晩まで練習・トレーニング、食事の内容やタイミングまで決められていましたが、タイムを縮めることだけが私の全てでした。

話を進めます。
引退することになった前年のことです。

私の住んでいる所で、市民大会がありました。
この大会は子どもから大人まで、各年代別で競わせるものです。
大会といっても、お祭りに近いかもしれません。
私は特別枠で招待されました。
エキシビションのような感じで、順位には反映されず、ただ一緒にレースに参加するだけです。




760おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:06:26.13ID:1PhyYJq6.net
この大会には、後に知り合うことになる少年の姉が出場していて、少年は母親と応援に来ていたそうです。
その少年と私の妹が同級生で、母親同士は数人でランチに行く程度に親しかったようです。

大会の運営側から私のレース時に紹介があった為、注目が集まり、少年も私を見ていたそうです。
その後、母親から「妹の同級生の子が、私のファンになったって言ってキッズスクールに通い始めた子がいるよ」と話がありました。
この時はそれだけです。




761おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:07:18.19ID:1PhyYJq6.net
翌年、少年や妹の歳はクラス替えがありました。
クラス替え以降、少年はイジメられていたようです。
不登校になり、家族とも話さなくなり、キッズスクールも辞め、引き篭もってしまいました。

そのころ「私と会わせてみたら少しは元気になるかしら?」と母親同士の会話になったそうです。
母に頼まれ、私は少年と会うことになりました。
少年は母親と話すことさえ避けていたので、少年と二人で少年の部屋でお茶を頂きました。
なんとなく気まずい空気の中、私が色々と質問しました。
ーキッズスクールに行ってたんだよね?どこまで出来るようになったの?ーなど。
質問すると少年はちゃんと答えてくれました。

数日後に母から少年がキッズスクールに戻ったことを聞きました。




762おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:08:05.60ID:1PhyYJq6.net
そのことで希望が見えた少年母に頼まれ、私の母が少年の家に行く時に付いて行くようになりました。

少年は徐々に話をしてくれるようになりました。
私のフォームが綺麗で、とても気持ちよさそうに見えたこと。

自分もそんな風になりたい。
どうしたら良いのか?
昇級テストは緊張するけど、お姉ちゃんは緊張しないの?

私は少年の質問に全て答えました。

ー自分の手や足が、実際よりも長いと思い込むの。それから、鳥とか魚とか。何かになったつもりになるの。私の場合は、自分はウミガメなんだと思ってるよー
ウミガメのことで少年は笑ってくれました。

緊張しないのおまじないを教えてあげました。
(手のひらに人を3回書いて飲むーみたいなやつです。)

しばらく少年家への訪問が続き、少年は家族にも笑顔を見せるようになったそうです。

スクール以外は家から出たがらなかったのですが、私の大会や記録会の応援にも来てくれるようになりました。
大会後の訪問で、少年が興奮しながら褒めてくれたことは今でも覚えています。




763おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:13:52.49ID:1PhyYJq6.net
少し話が飛びますが、私は交通事故に遭ったのです。
歩いているときに、余所見の車に背後から衝突されました。

容体の結果だけいうと。手術が2回、起き上がれるまでに5ヶ月、リハビリに5ヶ月。
色々とあり予定より長引きましたが、全治10ヶ月でした。

2度目の手術をする前に、少年はお見舞いに来てくれました。
必勝祈願のお守りを渡し
「僕、学校に行くよ。スクールも頑張って、いっぱい練習するよ。だから、お姉ちゃんも頑張ってね…」
と少年は泣きながら言いました。
ー少年君が頑張るなら、お姉ちゃんも頑張るからー
と約束をしました。

私は、嘘をつきました。
守れない約束をしました。

競技協会は長期離脱により、私を強化選手から外し
主治医からは次の手術次第では2度と歩けないこと、成功してもトップアスリートに戻ることは出来ないことを告知されていました。

事実上の引退でした。




764おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:18:42.39ID:1PhyYJq6.net
手術も終わり、容体が安定してきたころです。

母から

少年が、公営団地の屋上から飛び降りたと聞かされました。

少年は約束を守る為に、登校したそうです。
しかしイジメはなくならず、それでも少年は登校を続けました。
イジメはエスカレートしていったそうです。

耐えられなくなった少年は遺書を残し、自死したのです。

イジメのこと、ご家族への謝罪とともに、私への言葉も書かれていました。

お姉ちゃん、がんばれなかった
ごめんね
お姉ちゃんは絶対良くなるから、がんばってね




765おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/2015/04/16(木)02:19:47.72ID:1PhyYJq6.net
ここまで、私自身の感情を書いて来ませんでしたが、正直 思い出せないのです。

少年が打ち解けてくれたとき、良い方向へ向かっているとき。
とても嬉しかったと思います。

ファン1号だねって言いながら、私を褒めてくれた言葉も。
本当に嬉しかったし、励みになっていたと思います。

私の人生の全てだと思っていたものを失ったとき。
絶望したと思います。

少年の遺書を読んだ時。
途方もない後悔と、罪悪感があったと思います。

想像は出来るのですが、実体験として思い出せないのです。




続きは次のページで
1001オススメ記事@\(^o^)/2019/05/22 01:02:00 ID:syurabattle