49離婚さんいらっしゃい2014/06/07(土)20:58:55.10.netID:???
あぁ、こんなスレあったんだな、ちょうど良かった
ちょっと長くなるかもしれないが話させてくれ

嫁が事故で天国に行ってから20年になるな
連絡があった時は意味がわからず、現実感ないまま病院へ行ったが手遅れだった

この時俺はまだ24で嫁さんは21、双子の娘が生まれて半年くらいだった
娘たちは無事だった、嫁さんがかばってたらしい
そこから葬儀だ何だってあったが、正直記憶が無い
ほとんど俺の親や兄貴が代わりにやってくれてたらしく、俺はろくに飯も食わずにずっと嫁さんの写真を見ていたそうだ
でも娘たちはまだ赤ちゃんで、こっちの都合なんて関係なく泣くんだよな

この辺りからは記憶がしっかりしてるが、何日かして娘たちの泣いてるのに気がついた
おふくろが粉ミルク用意して飲ませてくれてるところを見た時に、このままじゃいけないってようやく気がついたんだよな
とりあえず娘たちは立派に育てなきゃない、じゃなきゃ嫁さんに顔向けできないと思って、そこからはとにかくあちこちに動いた
その時は会社に勤めてたが、俺の実家に帰って新しい仕事を見つけ、
両親に手伝ってもらいながら育てることにした
とはいえ、田舎なので仕事がそんなにあるわけではなく、両親がやっている農業を手伝いながら仕事探しと子育て
当然経験があるわけがなく、しかも一人でも初めての子育てなら大変なのだろうが、うちは双子
更には両親も育てたことがない娘たちとあって、とにかく毎日が忙しかった

俺は日雇いの土方をやりつつ農業の手伝い、子育てと寝る間がないほどに動きまわった
子供が熱出したら車で30分かけて町のなんでもやってる個人病院(一応内科外科が診療科目だが、
なんだかんだで小児科とかもやってる感じのじいちゃん先生)まで行ったり、幼稚園に通う頃には送り迎えしたり・・・

続く




54離婚さんいらっしゃい2014/06/07(土)21:14:03.02.netID:???
続き

子供が小学校に入学するときには数年ぶりにスーツ着たんだが、これが小さくなってるんだわ
土方と農業の影響であちこちに筋肉がついて、全体的に大きくなってたw
まぁその頃はスーツなんて結構高かったし、すぐに出来るわけでもなかったからなんとか無理やり体を押しこんだんだよな
娘たちが懸命に手足を動かして入場してるのを嫁さんの遺影と一緒に見てたんだ

PTAだなんだとまた新たにわけわからん物が待ち構えていて、これも大変だった
それでも基本的に知ってる人が多かったから、みんなこっちの状況を知ってて、
それとなく色々便宜を図ってくれてたことを後から知った
今考えてみれば、役員は一回も来なかったし、おふくろが代わりに出てくれてたし
それでもできるかぎり行事に参加はした
町内掃除だとか、長期休みの時の交差点での横断歩道の監視員だったり、キャンプの付き添いだったり・・・
運動会の時はお稲荷さんを結構作ったっけ
我が家ではお稲荷さんは紅しょうがを刻んだのを混ぜてたんだが、それをバカみたいな数作って娘たちに怒られたっけなw

そうそう、娘たちといえばガキ大将みたいな感じになって、人形遊びなんて全く興味なかったっけ
誰に似たんだかと思ったが、嫁も男勝りだったんだよなw
まぁ男親だからそこら辺ももしかしたら関係あるんじゃないかと思うが、とにかく活発な子たちだった
夏休みになれば朝から虫あみ持って、近所の男の子たちと一緒にカブトムシ捕まえに行ったり、
服のまま川で泳いで、びっしょり濡れたまま家に帰ってきておふくろに怒られたり
もう日焼けしまくりで、大きい皮が剥けたって嬉しそうに俺のとこに持ってきたりして、ちょっと将来が不安になったりしたな

おふくろに頼んでスカートやワンピースなんかも買ってきてもらってたが、ズボンにTシャツがお気に入りで、
選択してズボンとか全部干した時は仕方なくスカートになったが、行動は変わらず・・・
スカートのまま木登りしたりして、近所のおばちゃんに俺が怒られたっけ、女の子らしくさせなさいって

続く




57離婚さんいらっしゃい2014/06/07(土)21:28:46.45.netID:???
続き

そんな娘も中学校に入ると思春期がやってきたんだろうな、女の子っぽくなってきたんだよ
ココらへんからだな、俺は娘にどう接していいかわかんなくなってきたんだよ
それこの女性特有の日なんてものもあるわけだし、初めて来た日はそりゃ大変だった
娘はトイレに篭って泣いてるし、下の娘に聞いても何も言ってくれない
おふくろが話してようやく解決、こういうとき父親って何も役に立たないんだよな
これからは父親は嫌われてくだけだぞっておふくろには笑いながら言われたっけ

で、娘が中3になった頃にオヤジがクモ膜下出血で倒れたんだよ
命はなんとか助かったが、介護が必要な状況に
おふくろがずっとオヤジにつきっきりで、娘たちの方まではなかなか目が届かなくなった
娘たちは幸い反抗期とかなく育ってくれたが、やっぱり男じゃわかんないことが色いろあるようで、俺もどうしていいか解んなくなってた
それでもなんとかやっていって、娘たちが高校に進学するときになって、学費がぎりぎりしかないことに気がついた
貯めてはいたが、おやじの入院費やらで結構吹っ飛んでいったんだよな
仕方なく畑を売り、金は用意して娘たちの好きなとこにいかせることができた
最初娘たちは家の状況に気を使ってか、行きたいところじゃなく、近くの公立に進もうとしてたんだよ
そりゃダメな父親ではあるが、娘たちには何不自由なく育って欲しいと思ってたから、多分初めて怒ったと思う
遠慮なんかしないで自分のやりたいことがある学校に行けって

なんだかんだで無事に高校を卒業させることができて、ひと安心したが今度は大学だ
3年ではそんなに貯めることはできなかったが、なんとか都合してそれぞれ大学に行かせることはできた




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1001オススメ記事@\(^o^)/2019/05/31 19:01:00 ID:syurabattle